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A local guide made by walking
旅の道連れにしたい
代官山と恵比寿の顔
Vol.13 伊藤 瑶起
(Sputnikオーナー)
2023.07.11
渋谷と恵比寿を結ぶ生活道路沿いにイタリアンバールのようなカフェ&バー「Sputnik」がオープンしたのは、新型コロナウイルスが蔓延していた2021年のことでした。オーナーの伊藤瑶起さんは当時26歳。「旅の道連れ」や「同伴者」を意味する名前で開業しようと弱冠20歳で決意して以来、腕を磨いたいくつものカフェも、経験を積んだ飲食プロデュース会社も渋谷区内にあったと話します。今回は伊藤さんに、自店が位置する代官山・恵比寿周辺をガイドしてもらいましょう。食堂、酒店、バー……歩く先々で浮かんだのはいくつもの顔。その道筋は、飲食店を営む人生における旅の道連れそのものかもしれません。
顔馴染みのお店が
人生の同伴者に
「うちは特別なものがなにもないので、おすすめを聞かれたときがいちばん難しいんですよ……」
そう苦笑しながら伊藤瑶起さんが「Sputnik」でカウンター越しにサーブしてくれたドリンクは、しかし当たり前にスペシャルティコーヒー豆を使用したものでした。
「コーヒーもカクテルも『ふつうにおいしい』ものを目指しています。なにかを極めたような専門店ではありませんし、外出のいちばんの目的地にしてほしいわけでもありません。それよりも、なにかのついでに来られるような空間でありたい。顔馴染みのお店が日常にあるだけで、きっと人生は豊かになるような気がするんです」
買い物ついでに
代官山の裏側へ
旅の道連れのようなお店をオープンするにあたって、伊藤さんが選んだ場所は代官山。どうして高級住宅街のイメージが根強いエリアに進出したのでしょうか。
「普段使いができる空間にするために、アクセスの利便性を重視していました。感度の高い奥渋谷も候補にしていましたが、ここは東横線の代官山駅から近いだけでなく、渋谷駅や恵比寿駅からも徒歩圏内。買い物や外食のついでにサクッと立ち寄ってもらえたらうれしいですね」
商業施設や大手セレクトショップが建ち並ぶ旧山手通りに対して、お店があるのは閑静な生活道路沿いです。
「華やかな旧山手通りを代官山の表側だとすると、このあたりは個人経営の小さなお店が並ぶ裏側。住宅街なので心地い生活感もあります。女子大生がグループで来たり、近所に住む年配の男性がひとりで過ごしたり。バラバラのお客さんが同じカウンターに並んでいるのがうちのおもしろいところかもしれません」
毎週のプール、
毎週のランチ
カウンターに立つ日々のなかで伊藤さんがルーティンにしているのが、お店近くの「代官山スポーツプラザ」で泳ぐこと。週に1回、温水プールで30分の水泳をするうちに、たびたび顔を合わせる仲間ができるように。そしていつしか、プール上がりに連れ立って「末ぜん」でランチをするのがお決まりになったそうです。
「僕に限らず、たくさんの人にとって『末ぜん』こそ理想的な日常の食堂ですよね。変わりゆく街で変わらず続く味。店主は3代目と聞きました。泳いだ後はさっぱりした口になるので、『さば塩焼定食』はこれまで何回食べたかわからないくらい。本当に毎週来ていますから(笑)。小鉢など添え物の充実ぶりもたまりませんよね」
同じ場所に同じ人がいる
安心感を求めて
「プールやランチのほかだと、いつも行くのは……やっぱりお酒を買ったり、飲んだり。ナチュラルワインなら『3amours(トロワザムール)』ですかね。うちのお酒の仕入れ先が運営している専門店。ビールなら恵比寿の『as always』でアサヒスーパードライの泡なし(シャープ)を飲みます。店主が注ぐ姿を眺めるだけでも楽しいですよ。同じ恵比寿だと『B-10』というミュージックバーも、店主がかけるレコードを聴きながら過ごす時間が好きなんです」
伊藤さんが挙げる店名は、どこも店主の存在が後に続きました。高級住宅街とひと括りにされがちな代官山、都会の喧騒の恵比寿においても、扉を開き、一歩踏み込むことで出会える顔があると話します。
「昔から、店主の顔が見えるお店に憧れました。いつも同じ場所に同じ人がいる安心感。横のつながりが増えるにつれて、このあたりにもそうしたお店があることを知りました。だから、早朝から深夜までの営業ながら、僕らも少数の3人体制。『Sputnik』も名前を挙げたお店のようになりたいですし、そうあり続けたいなと思っています」