all streets shibuya
A local guide made by walking
変化を肯定する街、
渋谷で鳴る音
Vol.03 蓮沼執太
(音楽家・アーティスト)
2022.07.11
蓮沼執太さんはひと言で形容しがたい、オルタナティブな創作活動を行なう音楽家です。ソロ活動に加えて、現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラの「蓮沼執太フィル」を組織し、国内外でコンサートを開催。映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなど、その音楽制作は多岐にわたります。そんな蓮沼さんにとって渋谷は、昔から馴染み深い土地でした。「Bunkamura オーチャードホール」や「LIQUIDROOM」で公演をするようになる遥か前、中学のころからCDショップ目当てに渋谷へ連日通い詰めていたといいます。この街でまさに「生まれ育った」音楽家に、都市の音はどのように響いているのでしょうか。
なにもかもが新しかった
10代のころの渋谷。
「数えられないくらいこのへんは歩いていますよ」
蓮沼執太さんがそう声を上げたのは、明治神宮から代々木公園に向かう最中のことでした。原宿から渋谷へ五輪橋をくぐる山手線。明治通りや道玄坂とともに、このあたりが彼にとっての「渋谷らしい風景」だと言います。
「僕は中学・高校と帰宅部だったんですよ。だからとにかく時間を持て余して、放課後をすごすとなればいつも渋谷。音楽、文学、アート……毎日のように新しいカルチャーと出合っていました。10代なんてなにも知らないじゃないですか。新しいものとつねに出合える楽しい街というのが、僕にとっての渋谷の原風景ですね」
音に携わる人間として
有事の渋谷を観察する。
では、「渋谷らしい音」とはなんでしょうか。蓮沼さんはスクランブル交差点の人工音につづけて、先ほどまでいた明治神宮で聞こえる音を挙げてくれました。
「2020年の春、最初の緊急事態宣言が発令された翌朝、渋谷でフィールドレコーディングをしました。ゾッとしたのがスクランブル交差点。無人の街に、屋外ビジョン広告や交通広告などの音がひしめきあっていたんですよ。でも、そこから少し離れると、明治神宮のような人工の森があるのが渋谷のおもしろいところですよね。無音があれば、鳥のさえずりが響き、電車の音はエコーがかかったように聞こえます。それらはいつもそこにある音ですが、音そのものはつねに変わっていますよね。変化に肯定的な態度というのは、音楽家としても大切にしたいなと思います」
都市の隙間に人々が集う
音楽的な雑貨店。
「僕は街のボイド的なスペースに惹かれるのかもしれません。インスピレーションのようなものが生まれる気がして」
ボイド(void)には、「空白」や「隙間」の意味があります。明治神宮をそう称した蓮沼さんがその足で向かった西原の「àcôté」もまた、都市の隙間にあるようなお店でした。
「店主の今村真紀さんとは古い付き合いなんです。作曲家のイベントをしたり、いい音楽が流れていたり、日用雑貨店ながら音楽的なお店。音楽は演奏に限らず、本来はいろいろな場所で感じられるものなんですよね」
蓮沼さんはそう言うと、店内奥のナチュラルワインを品定め。「定番はあまり飲まない」という言葉に今村さんがおすすめした、フランス・アルザス地方の「クンプフ・エ・メイエ」の2本を購入していました。
音楽家が惹かれる
音楽好きな店主の空間。
蓮沼さんが好きなお店には共通項があるといいます。それは店主が愛情を持って運営していること。
「自分が気に入っているから飲んでほしい、食べてほしい、使ってほしい……音楽だったら、聴いてほしい。そういうシンプルな気持ちが人々を魅了すると思っています。その点、NEWPORTは店主の鶴谷聡平さんの好きな音楽や料理が自然体で提供されていて、居心地がよく、普段からよく来ています。そうそう、ここで以前僕の誕生日パーティーを開いていただいたこともありますから(笑)」
代々木八幡の「NEWPORT」は良質な音楽で知られ、listudeの12面体スピーカーを採用。DJイベントなど本格的な音楽が楽しめるお店として根強い人気を集めています。
「いま流れている音楽もお店に合っていますよね。ブラジルのジョアン・ジルベルトかな……やっぱりそうだ、ジョアン・ジルベルトだ。飲食店って無音だと厨房の動きが聞こえて、緊張感が生まれるじゃないですか。そういう雰囲気を中和するような音楽が無理なく流れていると、いいお店だなと思いますね」
食事中、鶴谷さんに、翌々週に控えていた14周年パーティーへ誘われていた蓮沼さん。ふたりの表情は、音楽好き同士の親密な関係性を物語っているかのようでした。